クリヤ・マコト Makoto Kuriya : 音楽プロデューサー, piano
キャメロン・ディエル Cameron Deyell : 音楽プロデューサー, guitar
寺井尚子 Naoko Terai : violin
太田剣 Ken Ota : alto sax
早川哲也 Tetsuya Hayakawa : bass
大坂昌彦 Masahiko Osaka : drums
フィル・スレーター Phil Slater : trumpet
マット・キーガン Matt Keegan : tenor sax
ジェームズ・グリーニング James Greening : trombone, didjeridu
2006年日豪交流年を記念して結成された日豪の人気実力派ミュージシャンによる話題のオーケストラ。
文化と言葉の壁を越えた夢のコラボレーションは、環太平洋へと拡がっていく。

高校卒業後渡米。グラミー受賞者チャック・マンジョーネグループと全米ツアーを行う等、ジャズの巨匠達と数多く共演し、高い評価を受ける本格的ジャズピアニスト。ピッツバーグ大学ではジャズの講師も務めた。学生時代に交流を深めた黒人コミュニティの影響を強く受け、極めてグルーヴィーでソウルフルなプレイが特徴。帰国後はジャズをベースにクラシック、純邦楽、クラブミュージック等ジャンルを超えて活躍し、平井堅、渡辺美里などポップ・アーティストのプロデュースや楽曲提供も行う。2004年公開の映画「Nitaboh〜津軽三味線始祖外聞」では音楽監督を務め、ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団を起用した音楽が高く評価される。この作品は世界54ヶ国から1,000本以上の作品が出品されるアジア最大のアニメ映画祭「SICAF 2006」でグランプリを受賞した。2004年10月にはパリ・ユネスコ本部大ホールで行われた「国際音楽の日」記念音楽祭にアジアからただ一人招聘され、世界的な一流アーティスト達と共演した。以降毎年ヨーロッパツアーを行い、ヨーロッパジャズシーンにおいて急激に注目が集まっている。今年9月には今回の日豪スペシャルユニットでのオーストラリアツアーも決定。国際的評価を得るアーティストとして、今後の活躍が益々期待されている。
http://members.jcom.home.ne.jp/tothemax/

ニュージーランド生まれ。ギタリスト/作曲家。1998年にアデレード大学のジャズ演奏学科をトップレベルの成績で卒業。その後、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の優等学位課程を修了。同校では伝説的ジャズギタリスト、ケニー・バレルに師事した。
1999年にシドニーに移って以来、高い盛り上がりを見せている現代音楽シーンで活躍。“ニュー・ミュージック・コングレス”や“ミサイル”、プログレッシブ・ヒップホップの“エンズ&ミーンズ”などいくつものバンドを率い、ラジオ放送で高い人気を誇る。2003年、シドニーで開催されるリヴィッド・フェスティバルに出演。バンドでは常に自身が作曲したオリジナル曲を演奏している。
このほかにも、マイク・ノック率いる“ビッグ・スモール・バンド”(ABCミュージック社が主催する2004年ベル・アウォードの国際ジャズアルバム・オブ・ザ・イヤー賞受賞、2004年アリア賞ノミネート)や“フリーダイバーズ”(2001年と2004年にワンガラッタ・ジャズ・フェスティバルに出演し、両年ともシドニー・モーニング・ヘラルド紙の評論家、ジョン・シャンド氏に「フェスティバルのハイライトの一つ」と評される)、バーティー・ブラックマンと組んだレゲエバンド“ザ・リサレクターズ"などのバンドにも参加し活躍している。現在はタスマニア島ホバート市のイズ・シアター劇場で、「全てにおける普遍的テーマ(U.T.E.)」公演の作曲や即興演奏も手掛けている。これはミックスアートのジャムセッションで、これまでに2005年のフォールズ・フェスティバルやニューイヤー・イブなど、3シーズンに渡って公演している。
現在までに出演した数多くの音楽祭には、シドニー・オペラハウス・スタジオで開催されたジャズ:ナウ・フェスティバル(2004年)や、メルボルンでのハーフ・ベント・ウィンター・ミュージック・フェスティバル(2003年、2004年)、ワンガラッタ・ジャズ・フェスティバル(2001年、2004年)、ホバート市のボイラー・ルーム(2003年、2004年)などが挙げられる。ボイラー・ルームは、オーストラリア全土から参加者が集まる、異種アートの実験的即興融合の場となっている。2002年には中国上海国際アートフェスティバルのセレブレート・オーストラリアにソロで出演している。1998年にニューヨークのタイムズスクエアで行なわれたIAJE(国際ジャズ教育者協会)主催ジャズフェスティバルにもアデレード大学のアンサンブルを率いて出演している。

4歳よりヴァイオリンを始め、1986年、ジャズ・ヴァイオリニストとしてプロ・デビュー。1995年、来日中だったジャズ・ピアニスト、ケニー・バロンとの共演をきっかけに、彼のアルバムにゲストとして招かれ、1997年、NYでレコーディングに参加。以後、その独自性あふれる表現力ゆたかな演奏スタイルで評価の高いライヴを中心に、テレビ、ラジオ等、幅広いジャンルで音楽活動を展開。日本ゴールドディスク大賞<ジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤー 邦楽>、ジャズ・ディスク大賞<日本ジャズ賞>、スイングジャーナル誌ジャズメン読者人気投票<ニュースター賞>、<ジャズマン・オブ・ザ・イヤー>、<アルバム・オブ・ザ・イヤー>、<部門賞>等、多数受賞。最新オリジナルアルバム[夜間飛行](東芝EMI)、好評発売中。

中学校のブラスバンドでテナーサックスを吹き始め、高校でアルトサックスに転向。その頃、Cannonball Adderleyを聴きJAZZに傾倒する。早稲田大学に入学してロシア文学を研究。そのかたわら、Jazz sax奏法を池田篤 氏に学ぶ。渡米した時期にVincent Herring、Kenny Garrettにsaxのレッスンを受ける。その後、ドイツ、イギリスなどを訪問し、各地のJazz musicに触れ刺激を受ける。1997年に大坂昌彦(ds)グループのレギュラーメンバーとしてプロデビュー。日本に活動の拠点を移したTommy Campbell(drums) のバンドにも参加。その後も度々、NYCを訪れsessionに参加したり、来日したミュージシャン;Kenny Kirkland(piano)、Jeff Watts(drums)、Kevin Hayes(piano)、Bennie Maupin(tenor sax)etc.とも共演。
様々なGIGやRecordngに参加し、Jazz/Funk/Popsなど多方面で活躍。TV-CMにも出演し、その演奏とともに話題となる。
2006年3月、Universal Musicより1st CD“Swingroove/太田剣”をリリース。
Charlie ParkerやOscar Petersonらの録音で知られるJazzの名門『Verve(ヴァーヴ)』
レーベルからCDをリリースするsax奏者としては、渡辺貞夫に続いて日本人2人目となる。

大阪府出身。学生時代からプロ活動を始め、宮野弘紀(g)、秋山一将(g)、などのグループに参加。その後カリオカ、アコースティッククラブ、中西俊博(vl)、赤木りえ(fl)などのグループに参加し、確かなテクニックと妥協のない音楽性が絶大な信頼を得る。またEPO、辛島美登里、加藤登紀子、岩崎宏美、などポップアーティストをバックアップしたり、舞台音楽に参加するなど多方面で活躍。現在は上記に加え、coba(Aco)、クリヤ・マコト(pf)、川井郁子(vl)、中村善朗(vo)、熊谷和徳(tap)、須永辰緒(Dj)などのアルバム、ツアーに参加。
一見職人肌に見えながら、その根底に深い芸術性とこだわりを秘める。骨太なグルーヴと美しい音色は他の追従を許さない。また日本では数少ない、ガット弦を使用するジャズベーシストでもある。

1966年 9月28日生まれ。
1986年奨学金を獲得し、バークリー音楽大学に留学。在学中にデルフィーヨ・マルサリスのバンドに在籍し全米各地のジャズフェスに出演。NYでの活動後、1990年に帰国。大坂昌彦・原朋直クインテットを結成。アルバム6枚をリリース。うち二枚がスイングジャーナル誌でゴールドディスクに選定される。一方、日米混合バンド、ジャズネットワークスでもアルバム4枚をリリース。自己のアルバムも5枚リリースしており3枚目の「ウォーキン・ダウン・レキシントン」はスイングジャーナル誌で制作企画賞を受賞する。
現在はthe MOST、EQ、M's、Direction等のレギュラーグループで精力的に活動しており、スイングジャーナル誌読者投票ドラム部門では1995年より一位に選出され続けている。洗足学園音楽大学ジャズコースの講師も務めている。

オーストラリア、シドニーを拠点に活動する受賞経験豊富なトランペッター/作曲家。“フィル・スレーター・カルテット”や“バンド・オブ・ファイブ・ネームズ”をはじめとする数々のバンドのリーダーや共同リーダーを務めている。舞台や録音で共演したアーティストはナイジェル・ケネディやDIG、アーチー・ローチ、マイク・ノック、日野皓正、ジム・ブラック、オーストラリアンアートオーケストラなどなど。
これまでにモントルーをはじめノースシー、ウンブリア、モントリオール、バンクーバー、トロント、コペンハーゲン、ロンドン、東京、メキシコ、ソウル、ハノーバー、ワシントンDC、ニューヨークなど、各地の音楽祭に目玉アーティストとして出演している。
2004年にベル・アウォードのオーストラリアン・ジャズアーティスト・オブ・ザ・イヤー賞を、2003年にアーストラリアン・ナショナル・ジャズ・アウォードを受賞。オーストラリア音楽協議会フリードマン奨学金の授与も受けている。また、セロニアス・モンク・インターナショナル・トランペット・コンペティションのセミファイナリストである。

マット・キーガンは、ロサンジェルスをベースにするロックグループ「スードポッド」に在籍した3年間に、サックスの演奏スタイルを作り上げた。全米をツアーで回りながら、シェリル・クロウ、デイヴ・マシューズ、アンジェリーク・キジョー、ディキシー・ドレッグスらのオープニングアクトを務め、貴重な経験を積む。ツアー中にマルーン・ファイヴ、マーク・ブラッサード・バンド、OARのメンバーと定期的にステージで共演、またブルース・トラヴェラーのメンバーらとは地方公演で共演した。
オーストラリアに帰国した後も、様々なジャンルのグループとの共演やレコーディング活動をしながら、常に独自の音楽を発展させつづけている。主なジャンルと共演者は、ヒップホップのエンズ&ミーンズ、ファンクのジャッキー・オルスザクツキー、レゲエのリサレクターズ、ジャズのジャズグルーヴ・マザーシップ・オーケストラ、ラテン音楽のティグラムナ、現代音楽のトゥエンティース・センチュリー・ドッグなどである。最近2年間にレコーディングに参加したアルバムは10枚を超える。

ジェームズ・グリーニングはオーストラリアを代表するジャズトロンボーン奏者であり、テン・パート・インヴェンション、ワンダーラスト、ザ・カソリックス、アンブレラズ、オーストラリアン・アート・オーケストラなど様々なタイプのアンサンブルでの活動により、多方面で高く評価されている。また、ザ・ワールド・アコーディング・トゥ・ジェームズ(WATJ)ではバンドリーダー及び作曲家としての一面を見せ、従来のソロイストとしての活動と同様に、ウィットと創造性に富み、活力あふれる音楽を聴かせている。
ニューカッスル生まれのグリーニングは、少年時代にニューカッスル警察ボーイズ・バンドに所属し、オーストラリア国内やヨーロッパでの公演ツアーに参加した経験を持つ。ジャズを専攻したNSW音楽院時代に、シドニー周辺でモダンジャズとトラディショナルジャズ双方のバンドでの活動を始めた。
1980年代を通じて、様々なタイプのジャズアンサンブルやラテンバンド、R&Bバンド、オーケストラ、テレビ番組のバックバンドなどで活動しながら、独自のサウンドとスタイルを築いた。上記の各グループのほかに、バーニー・マッギャン(名盤『マッギャン・ウィズ・マッギャン・トリオ』[ルーファス]に参加)、ジャッキー・オルスザクツキーの様々なバンド、ティム・ホプキンスのファンケンシュタイン、ジェームズ・モリソンのホット・ホーン・ハプニングにも参加した。
1992年にWATJを結成。1999年にオリジナル曲による初のCD『ノー・ジョブ・トゥー・スモール』をルーファスからリリースした。このバンドでは、慣れ親しんだトロンボーンのほかにポケットトランペットも演奏している。その他のメンバーはアンドリュー・ロブソン(アルトサックス)、スティーヴ・エルフィック(ベース、コルネット)、トビー・ホール(ドラムス)である。
2002年、WATJはシドニー即興音楽協会(SIMA)の地方ツアープログラムに参加し、ニューカッスル、アーミデイル、ベリンゲン、オレンジ、バサーストの各市で公演を行った。
同年、WATJは一流のジャズフェスティバルとして知られるジャズフェスト・ベルリンに招聘され、ドレスデン、ミュンヘン、ケルン、アムステルダムの有名なジャズクラブでも演奏した。